マエカワで働く
製造
製造ブロック
生産技術センター所属
槙島 賢好
専門学校/精密機械科出身
1990年入社
周りの人に支えられて。
入社して圧縮機製造のスクリューケース加工ラインに配属されました。ここでは、早く仕事を覚えようと毎日必死でした。仕事のイロハは、茨城なまりの個性的な先輩たちに教えていただきましたが、私は北海道出身なので最初は茨城なまりの聞取りには苦労しました。
マシニングセンターでは24時間無人でケースを加工するのですが、カッターのセッティングを良く確認しなかったために、間違った状態で機械にセットし夜間に加工したケースが加工不良で数十個使い物にならなくなってしまいました。この時は、さすがに落ち込みました。仕事に行くのも嫌になりかけた時に、落ち込む私を励ますために先輩が食事に誘ってくれました。特に失敗を攻めるわけでもなくただ食事をしただけでしたが、気持ち的には救われました。自ら行った作業に対しての責任と重要性をこの失敗で学びました。
次にロータ加工ラインやスクリュー組立てラインでの職務を経験し、現在の生産技術で活動しています。
2002年から約4年間はメキシコシーバック工場での駐在員を経験しました。
メキシコへは、生産技術の仕事で行ったのですが前任者もいなかったので、着任当初は言葉もわからず現地メンバーとのコニュニケーションも思うように行かず苦労しました。1年間は、辞書片手に工場を走り回っていました。徐々に何とか周りも見えてきてメキシコ工場の状況が分かってくると、やらなければいけない課題の多さにびっくりしましたが、ここでもベテランの元駐在員だった先輩方々に助けられ何とかなった様な感じです。慌しい4年間でした。
家族帯同での赴任だったので週末や連休などは家族で良くメキシコにたくさんある遺跡を見に行ったり、アカプルコなどに遊びに行きました。
日本では味わえない異国の文化に接する事が出来、家族にとっても良い経験になったようです。
入社してから今までを振り返るといつも先輩や周りの人に支えられて来たことを再認識しました。これからは、私が後輩や周りの人を少しでもサポート出来るよう日々精進したいと思います。

